Vol.3 年齢と下肢静脈瘤
広島逓信病院 院長
杉山 悟 先生
1960年 香川県高松市出身
1985年 岡山大学医学部卒業
1989年 岡山大学医学部付属病院勤務 研究生
博士論文 胸部大動脈遮断時の脊髄虚血に関する実験的研究
1993年 広島逓信病院外科勤務
2006年 同病院外科部長
2012年 脈管学会専門医 下肢静脈瘤血管内焼灼術指導医
著書;「あしの静脈瘤は手術した方がいいんですか?」 株式会社ヌンク
「即戦力 下肢静脈瘤診療実践ガイド 最新療法に基づく治療プラン」
診察室で
「もう年だから、静脈瘤を治そうとは思ってなかったんだけど、娘が勧めるもので。」
と、外来を受診されるご年配の女性がいらっしゃいます。親孝行な娘さんをお持ちですね。「ご近所の奥様が手術を受けたら、足が軽くなって楽になったと教えてくださって。」
と、私のところを訪ねていらっしゃる方も多いです。いいお友達をお持ちですね。
70歳前後くらいの方が診察室にお見えになってお話しすると、
「二人目の子供がおなかにいるころから静脈瘤が目立ってきたような気がするけれど、産んだ後は少し治ったようだし、その頃は忙しくて自分の足どころじゃなかったんです。最近、足が疲れやすくなって、夕方になるとよくむくむし、少し膝も痛くなってきたから診察を受けにきてみました。朝方、足がつることが増えてきました。」
というような話になります。これが典型的な経過と言えるでしょう。
下肢静脈瘤になりやすい条件
どんな人が静脈瘤になりやすいかというと
(1) 女性 妊娠・分娩
(2) 立ち仕事
(3) 遺伝
(4) 肥満
(5) 年齢
などが挙げられます。女性に限らず長時間の立ち仕事に従事する方は下肢の静脈弁が傷みやすく、静脈瘤になりやすいのですが、立ち仕事でなくても長い年月を立位や座位で暮らしている人間は、下肢の静脈弁にストレスを与え続けた結果、静脈が瘤化してくるのです。
だから、年齢を重ねると静脈瘤の罹患率は高くなります。
病院で下肢静脈瘤の治療を受けた年齢層は?
2014年に当院で手術を行った下肢静脈瘤の方の年齢分布を調べてみました。60歳以上の方が70%を占めていることがはっきりわかります。
図1 治療を受けた症例の年齢分布 2014年(広島逓信病院)
高齢者の静脈瘤の特徴
同じように静脈瘤になっていても、若年者と高齢者では症状にかなり違いがあるようです。若年者は、下腿の筋力が強いため「足のだるさ、疲れ」を自覚せず、むしろ美容的な意味で悩むケースが多い傾向があります。反対に、年齢が高くなればなるほど、下肢のうっ滞症状が強くなります。美容的な要素よりも、下腿筋の疲労、むくみ、こむらがえりなどを訴えるケースが多くなるのです。
足がだるいとう症状を静脈瘤が原因だとは思わず、単に年齢のせいだと思うケースが多いのも高齢者の静脈瘤の大きな特徴です。うっ滞症状を自覚しながら、医療機関を受診しない理由の一つです。
また、下肢静脈瘤を治せばうっ滞症状が取れると知っているのに、「もう、年だから手術なんて痛いことはしたくない。」あるいは、「静脈瘤の手術は美容のためだから、この年では恥ずかしい。」という理由で医療機関を受診しないのもよくある話です。
高齢者こそ下肢静脈瘤の治療を
私は、高齢者こそ治療を受けるべきだと思っています。静脈瘤の治療を受けると、下肢のうっ滞症状は劇的に改善します。夕方の足のむくみが少なく、うそのようにすっきりした足になります。足の疲労感が改善し、膝も軽くなり、こむらがえりもおこりにくくなります。静脈瘤が「見た目が悪い」という病気ではなく、足に大きな負担がかかっている状態なのです。年を重ねると、足の筋肉が弱ってくるので、静脈瘤に負けて外出や旅行も控えることになりかねません。静脈瘤の治療をして足が軽くなれば、歩くのが楽しくなります。高齢者にとって、歩くということがどれほど健康に寄与するか測り知れません。
高齢者にやさしい静脈瘤の高周波治療
「この年になって、わざわざ痛い手術は受けたくない。」
と思うのは、普通の感覚です。治療を受けるといいのは知っているけれど、その治療が痛いのなら受けたくないし、手術の後、何日も歩けなかったり、普段の生活ができなかったりすることが心配なものです。せっかく治療を行っても、リハビリに何日もかかるようでは困ります。
静脈瘤の治療はリハビリが不要です。とくに高周波治療は、術後の痛みが少ないのが最大の特徴です。できるだけ日常生活を崩さずに行うのが現代の下肢静脈瘤治療です。この治療機器の登場で、術後は無理なく日常生活に戻ることができます。仕事やスポーツへの復帰も従来とは比べ物にならないほど速くなりました。
とくに高齢者の場合、日常生活を崩さないことはとても大切なことです。80歳前後になると、病気で3日寝込むとリハビリに1週間以上かかります。手術の翌日から日常の生活に戻れるからこそ、高齢者にも安心して治療を勧められるのです。
「70歳になったら、下肢静脈瘤の手術を受けた方がいい。」
というのは、私のポリシーです。それを反映してか、私のところで手術を受ける患者さんの5年ごとの年齢分布を調べてみると、70歳台の方の人数が飛躍的に伸びていることがわかりました。 2004年は60人程度だったのに2014年は140人を超えているのです。
図2 治療を受けた症例の年齢分布の推移 (広島逓信病院)
意外に知られていない膝痛が改善する治療効果
もうひとつ、高齢者に静脈瘤の手術を勧める理由があります。静脈瘤はただ見た目が悪いだけの病気だと思っていたら、術後に膝痛が治ったという話をよく聞くのです。「嘘でしょう」と思うかも知れません。でも、実際に膝痛が軽くなることも稀ではないのです。
最近、手術を受けた患者さんから「あっちの外科に行って膝に電気を当てたり、こっちの外科に行って注射をしたり、いろいろやったけど、静脈瘤の手術をしたらほんとうに一発で膝が楽になった。」
という話を聞きました。静脈瘤で膝の治療をしたわけではないのですが、足のむくみが取れた結果、膝への負担が減ったのです。
このことは、一般にあまり知られていません。いやそれどころか、医者の間でもあまり知れわたっていません。静脈瘤の手術をした医師と手術を受けた患者本人だけがそのことを一番知っているのかもしれません。
下肢静脈瘤を持っている高齢者の方へ
もう年だから、とは言わないで、ぜひ思い切って静脈瘤の治療を受けてください。手術を受けた翌日、きっと新しい朝が来ると思います。